ガウ缶でのトレーニング

驚くことに、噛む犬の飼い主さんの多くは、噛まれて身も心も傷つきながら「愛犬がかわいい」とおっしゃるのです。そんなとき私は、「噛まなければ、もっともっとかわいいですよ!」と言って励まし、プログラムを続けていただき、結果を出すようにしています。

ネロの飼い主さんには「都合のいい女的飼い主」は卒業して、ネロからアプローチしたくなるような、魅力的な飼い主になっていただくよう、意識改革をしていきました。

3週間後に再び伺ってみると、吠える声は聞こえるものの、王子が飛び出してくる気配はありません。玄関のところにペット用の柵を付けたとのこと。そのように「物理的にできないようにする」という管理もとても大事です。

飛び出すことができずに、柵の向こうでけたたましく吠えるネロ。吠えてはいますが。「ベースプログラムを実施し始めてからは、前よりも言うことを聞くようになった」という飼い主さんの言葉を受け、いよいよ吠えるのを止める作業に入ることにしました。この作業は、飼い主さんとの関係を見極めてスタートすることが大切なのです。

ネロの場合、警戒心や吠えているときの興奮の度合いが強く、ドアホンが鳴ったら決まった場所で待たせてごほうびを与えるというトレーニングが難しかったので「ガウ缶」を使うことにしました。ガウ缶とはスチール製の缶の中にコインを20~30枚入れて犬が嫌いなガチャガチャした大きい音を出すための道具です。

この「ガウ缶レッスン」ですが、犬種の性質や個体の性格、あるいは飼い主さんのタイプ、生活環境などの状況によっては、かえって行動を悪化させる場合もありますので、心配な方はドックトレーナーに相談することをお勧めいたします。

ガウ缶を使ったトレーニングでは、「吠えたら缶を鳴らす」という作業を行います。犬が人にとって好ましくない行動をしたら、犬にも好ましくないことが起きる、それによって行動が減少する、という学習システムを利用するのです。

まず、ネロをリードでつなぎます。これは缶を鳴らしたときに逃げられないようにして、缶に対する「怖い」というイメージを高める効果があります。缶自体が十分怖いと学習したら、つないでいなくても効き目は持続します。

ネロはテーブルの脚につながれました。吠えるのを止めるためのキーワードを決める必要があるのですが、ネロ家では「NO!」に決定。缶はやや大きめの日本茶の缶(直径10㎝、高さ25㎝くらいのもの)を使用することになりました。

次にネロを吠えさせる必要がありますので、ドアホンを鳴らすことにしました。吠える原因がたくさんある場合(たとえばドアの外を歩く音、掃除機、電話中など)は、それぞれの場面を作って実施し、すべてを学習させることもあります。

最初に私がお手本を見せます。お父さんにドアホンを押してもらうと、ネロはけたたましく吠えました。すばやく缶を手にしてネロのところへ行き、ネロの目を見ながらできるだけ近くで「NO!」と低い声で1回叱り、ワンテンポずらしてから「ガシャン!」と思いっきり鳴らしました。このときガウ缶自体は投げないで、「音」を犬に向かって飛ばす気持ちで鳴らしてください。吠えなくなったらすぐに目をそらし、缶を降ろします。いつまでも目を合わせていたり、缶を振りかざしたままにしてしまうと、吠えていないのに恐怖が続き、犬は何をしてはいけないのか学習しにくくなってしまいますので注意してください。

ドアホンや来客が怖くて吠えかかる場合は、敏感で繊細な犬であることが多いのですが、ネロも例にもれず音に驚き、3回転するくらいひっくり返りました。

よほど怖かったのか、ネロは2回目のドアホンではまったく吠えなくなっていました。

少し時間をあけて再度鳴らしてみたのですが、私がネロのほうを見るだけでおびえて、まったく吠えなくなりました。

 

 

王子様(犬)のネロ

ネロ家のリビングを見渡すと、いちばん心地良さそうな場所-エアコンの風が来るあたりやヒーターの前ですが、そこにはネロ王子(柴犬)のふかふかのクッションが置かれ、王子がお休みになられるときは、家臣、いえ家族は静かにして、彼の眠りを妨げないようにしているそうです。したがって、王子(しつこいようですが柴犬です)がお休みになるときは、そばでテレビを見ることはできませんし、歩くときは忍者のように歩かねばなりません。

王子がお目覚めになってキッチンにいらっしやり、ワンワンと吠えられましたら、それはお食事の催促ということで、ばあや、ではなくてお母さまは、お食事の準備を始めなければいけません。少しでも時間がかかると王子はひどくお怒りになり、足首やエプロンの裾に噛みつきます。叱られてしまった場合には、できるだけ急いでお出ししなくてはなりません。

王子は、あるお時間になると家じゅうのお部屋にお出ましになり、「お印」を残していかれるそうです。お印をいただいたらありがたく思わなければなりません。決してぞうきんでふいたり、シュシュッと消臭剤などをかけたりしてはなりません。お印のニオイが薄れてくると、王子は再度お印を残さなければならないからです。

キッチンは、獲物を管理する大事なお部屋なので、念入りにお印をなさいます。冷蔵庫の中には、たいそうなごちそうが入っているのでなおさらです。ゴミ箱にもごちそうが入っていることがあります。高さのある丸い筒状のゴミ箱は、王子が高いところにお印をするのにもってこいの形をしています。

最後は、お客さまが出入りする玄関ですが、ここにも王子はできるだけ高いところにお印を付けて、お客さまに自分の地位をアピールします。ゴルフバッグなど背の高いものがあると、王子はご機嫌です。上等な革製品にはお印がよく染み込み、なかなかニオイが取れませんから。

ばあや、ではなくてお母さまの牛革、ワニ革、ヘビ革でできた靴などもお気に入りで、小腹が空いたときや口さみしいときにカミカミしてお楽しみになるそうです。噛めば噛むほど味が出る……かどうかはわかりませんが、かなり長時間お楽しみになるのだとか。もちろん、どんなにお願いしても途中でおやめになることはありません。無理に取り上げようものなら、たいへん恐ろしいことになるそうです。

とまあ、ネロ王子はやりたい放題。こちらのご家族は、根本的に「犬」という「種」との付き合い方が間違っています。ある意味受け入れて(?)くださっているのですが、やはり人が快く思えない行動は変えていくべきです。決定権は、王子(柴犬)ではなく飼い主さんになくてはなりません。まずはそのあたりのことからじっくりと、ご家族のみなさんに話しました。

まず、ネロとご家族のみなさんの関係を作り直すために、正しい関係を築くためのベースプログラムを実施していただきました。

いちばん大変だった作業は、ご家族が「かわいそう」と思ってしまう意識を変えていただくことでした。たとえばハウスに入れて、「どんなに吠えていても出さず、静かになったら出してください」とお願いすると「閉じ込められてかわいそう」となり、「遊びを催促されても応えずにしばらく無視してください」とお願いすると「そんなに無視したらネロに嫌われないでしょうか」とおっしやる。ハウストレーニングは、「犬生」で最も大事な我慢すること、あきらめることができるようになるために必要なことなのです。

 

いきなりガブリ!

お宅へ伺うと、ドアが開いたその瞬間小さな黒い塊が、けたたましく吠えながら飛び出してきました。門の外に出そうになっだので、慌てて両手を広げて止めようとしたら、ガブリ! 私は左手の指を噛まれて流血。血が門柱の前に怪しげにぽたぽたと数滴落ちてしまいました。噛みついてから車の下に隠れてしまったので、よほど怖かったのでしょう。

黒い塊の正体は、柴犬の『ネロ』。体重は2㎏ほどと小さいのですが、それでも牙が刺さるとけっこう血が出るものです。

ご家族にお集まりいただき、カウンセリングを始めようとしたとき、お母さんが申し訳なさそうに、「あの……いちばんネロにバカにされている(?)と思われる息子の姿が見当たらないのですが」とおっしゃいました。

聞けば息子さんは今朝「先生は何時に来るの?」と確認していたとのことでしたが、どうやら逃げたようです。なかなか賢い!柴犬をしつけるときは、この賢さ、そして先手必勝の姿勢が大切です。

ご家族のお悩みは、ネロが吠えるので困っているとのことでした(そして、噛みますね?)。ご近所の方は「番犬になるから助かるわ~」なんて言ってくださるそうですが、それはほとんどの場合「イヤミ」だったりしますのでご注意ください。

そもそも、よく吠える柴犬は番犬にならなかったりします。なぜかと言うと……。

私が子どものころ飼っていた犬はよく吠える犬で、夜に隣のおじさんが帰って来ても吠えていました。しょっちゅう吠えるので、彼が吠えたからといってわざわざ外に様子を見に行くようなことは誰もしませんでした。ところが、その後に飼ったシベリアンーハスキーは、ふだんはまったく吠えません。一度、夜10時くらいに吠えたことがあり、父が心配して外へ様子を見に行ったことがありました。すると、近所の人ではない男性が歩いていたそうです。

つまり、ふだんから吠える犬は人が信用しないので、番犬になりにくいということです。まさにオオカミ少年ですね。

カウンセリングをするときは、私は飼い主さんがどんなふうに愛犬に接しているか、注意深く観察するようにしています。無意識にさわっていたり、目で追っていたり、声をかけすぎていたりしていないか。愛犬の様子はいつも通りか、かまわれないことによって不安や不満を感じていたりしないか、ずっと動いているのか、寝そべる、眠ることができるか、などを見ています。また、家の中の環境も観察するようにしています。